Free(30)労働力移動 松田英嗣・あおもり創生パートナーズ取締役

青森県の産業別従業者数増減の変化
青森県の産業別従業者数増減の変化

さかのぼること53年前、1970年に解散したビートルズが「新曲」を発表する。報道によると、故ジョン・レノンが生前の78年に個人的に録音した雑音まみれの音源から、AI(人工知能)技術を駆使しジョンの歌声だけをクリアに抽出のうえ、残されたメンバーであるポール・マッカートニーが新たな音源を重ねビートルズの新曲として発表するのだという。ビートルズの熱狂的なファンを自認する自分としては、技術の進歩に感謝しつつ、よみがえる「新曲」をワクワクしながら心待ちにしている。

 さて、すっかり最悪期を脱したかにみえるコロナ禍だが、最近公表され始めているさまざまな経済統計指標にはコロナ禍が残したと考えられる痕跡を色濃く映じているものも多い。例えば、今般「経済センサス」で明らかになった産業別就業者数の変化は、青森県の経済構造が転換を始めた可能性を示唆している。

 「経済センサス」とは5年ごとに実施される企業版国勢調査ともいうべきものであり、国内で経済活動を行う全ての事業所や企業を対象とする調査である。またこの調査は、国や地域の政策立案の基礎となる重要な統計データとなることに加え、今回の調査結果はコロナ以前の2016年からコロナ禍最中であった21年までの変化を比較できる点で、注目度は高い。

 グラフは青森県における産業別の従業者数を、12~16年の増減と16~21年の増減で示したものだ。従業者数の増減変化には、定年などによる自然減や労働市場への新規参入なども含むが、今回の結果はコロナ禍により他産業への転職を余儀なくされた結果としての労働力移動も相当数含まれることが推察される。

 その中で、特に目をひくのが「卸・小売業」と「宿泊・飲食サービス業」での従業者数減少幅の拡大だ。同期間において県全体の従業者数減少に歯止めがかかっている状況の中、これら二つの産業では以前からの従業者数減少の流れをコロナ禍が加速させたと考えることが妥当であろう。

 一方、以前より特に人手不足感が強いとされる「製造業」「建設業」「運輸・郵便業」などでは、従業者数が減少から増加へと反転、もしくは減少幅が縮小するなど、コロナ禍により大きな打撃を受けた産業からの受け皿となった可能性が高い。

 地域インフラを支える建設業や地域公共交通、物流を担う運輸業など経済基盤を支える産業への労働力移動は、貴重な労働力の県外流出に比して望ましい方向への変化であろう。

 また統計の性格上、個人経営に係るものは対象外としている「農林漁業」での従業者数増加は、法人組織で運営される農業法人や水産養殖業などへの労働力移動を反映しているとみられ、本県1次産業の在り方に変化が起きていることを示している。

 経済構造の変化の兆しとは別に、労働力移動に伴う組織の多様性にも期待したい。意図せずも他産業へ転職しなければならなかった方々のご苦労は想像に難くないが、そうした方々は新たな職場でのイノベーション(革新)の担い手となる可能性を秘めている。

 ここでいうイノベーションは、ハイテクを駆使した大掛かりなものや「0から1」を創り出す革新的なアイデアなどとは違う。前職で培った既存の知識や経験を、転職先の業務に落とし込むことができればイノベーションは生まれるはずだ。かけ離れた産業間のさまざまな知識や経験が結合することにより、小ぶりでもキラリと光る多くのイノベーションが生まれる可能性は高いとみている。

 50年前の音源とAI技術の組み合わせからビートルズの新曲が生まれるように、一見無関係にみえる知識の組み合わせからワクワクする「何か」が生まれるのだから。

 
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