【義と情と理と 大島理森が駆けた時代】第4部 円熟(1-3)「49対51」の適正な寛容性

政党間の合意形成に向けて調整と妥協、決断を図る国会対策委員会。各党の国対委員長会談もその場の一つ。中央奥は自民の国対委員長になった大島理森氏=2002年5月
―5期目の当選後も国対副委員長を務めました。このころからでしょうか、「国会対策のプロ」「根回しの大島」などと呼ばれる活躍が始まります。後には国対委員長の在任最長記録もつくられましたね。 環境庁長官として内閣で仕事をして、橋本政権では国会に.....
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