日米との対立、一層深く 拉致と核、打開見通しなく/平壌宣言20年の北朝鮮 2022年9月17日 5:17 2002年9月、日朝平壌宣言の署名を終え、握手する小泉首相(左)と金正日総書記=平壌の百花園迎賓館(共同) 2002年9月、北朝鮮が日朝平壌(ピョンヤン)宣言に踏み切ったのは日本と米国との関係安定を図る狙いがあったとみられる。しかし金正日(キムジョンイル)総書記(当時)が事実を認めた拉致問題で日本の反北朝鮮感情は激化。米国との間では疑惑を追及され.....有料記事です。新聞購読者は無料で会員登録できます。会員登録するログイン(会員の方)サービス内容の詳細はこちら お気に入り登録 お気に入りリスト