Free【行路】社会とつながり充実感 元校長のタクシー運転手・工藤聡さん
八戸市の自宅から、勤務先の大間町の学校まで4時間半。車窓の眺め、好きな音楽。週に一度の長距離運転は苦でなかった。
「タクシー運転手とか向いてるかな」とぼんやり感じていた。当時、工藤聡さん(64)=八戸市=は中学校長。今、現実に客を乗せてハンドルを握る。
29歳で教員試験に合格。子どもの将来を第一に考え、真摯に向き合った。誇りを持って、教育者の道を真っすぐに歩んだつもりだ。
強い自負はあったが、社会に触れる機会が少なかった。「『先生』の肩書で働いていないか?」。教員生活が終わりに近づくにつれ、自問自答が増えた。
定年後の第二の人生、先達の多くはキャリアを生かして教育活動に携わる。自分は? 「働くことで社会とつながっていたい」。新たな挑戦を決めた。
2019年春。市立小中野中校長としての職務を終えた翌日、三八五交通(同市)の門をたたく。面接官はかつての教え子。驚かれたが、「工藤先生なら、あり」。ちゃめっ気混じりの言葉がうれしかった。
運転手になるには多くの資格が必要。授業では偶然再会した教え子と机を並べた。還暦を迎えて味わう、心地よい充実感だった。
「謙虚」「感謝」「誠実」。教員時代からの座右の銘を心に刻み、タクシーに乗り込む前は丁寧に洗車。「本日はよろしくお願いします」。必ず名乗って、乗客を出迎える。
まだまだ新米。学びの連続だ。快適な運転、ルート選択、介助、会話…。反省は尽きないが、いろいろな人と接することが楽しい。
教え子、学校の地域住民を乗せることもある。教員ではなくなったが、「先生としての責任はずっと持ち続けるのだろう」。今の自分の姿から何かを感じ取ってもらえれば―とも願う。
ハンドルを握れば、出会いが待っている。「きょうはどんな一日になるかな」。フロントガラス越しに社会を見つめる。