減り続ける人口やオンライン化、電子書籍の台頭で「まちの本屋さん」を取り巻く環境は年々厳しさを増している。多彩な本を扱う書店は、地域における文化の発信地を担ってきた。書店の経営に逆風は吹き荒むが、微かでも追い風は見つけられないか。本屋の今と未来を“読む”。
第1部 「現状」
プロローグ
目の前に広がる数ある本の中から、タイトルが妙に気になった1冊の小説を手にレジへと向かう。会計を待つ間も、頭に浮かぶのはその本のこと。早く読みたいがあまり、家路を急いでその1ページ目をめくる。冒頭からの予期せぬ展開に引き込まれ、「一気読み」は必然の状態。これまで読んだことがなかった作家だったが、今度は他の作品を読んでみようという思いがこみ上げる。
こんな人と本との偶然の出合いを生み出し続けてきたのが、「まちの本屋さん」だ。娯楽作品だけでなく、仕事や学習に役立つ本なども取りそろえ、人々の暮らしにおいて欠かせない存在ともなった。
「文化発信の拠点」「生活インフラ」でもある書店だが、人口減少や読書離れなどにより長年危機にさらされてきた。
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① 出版不況
昨年12月27日、老舗書店が96年の歴史に幕を下ろした。八戸市小中野の木村書店。ハマの読書文化を支えてきた「まちの本屋さん」で、営業最終日となったこの日も、多くの常連客や近隣住民らが次々と足を運び、別れを惜しんでいた。
幼い頃に両親に手を引かれて訪れ絵本を買ってもらったり、人生を方向付ける一冊と出合ったり―。往時のようなにぎわいを見せた店内では、従業員と来店客が思い出話に花を咲かせ、互いに感謝を伝え合った。店外で「ありがとう」「お疲れさまでした」の声も飛び交った。
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② 書店ゼロ
5月中旬、八戸市の伊吉書院西店では、本をまとめ買いする一人の50代男性の姿があった。
自宅のある東通村には現在、書店が1店舗もない。2カ月に一度ほどのペースで、仕事で八戸を訪れたついでに立ち寄るという。「村にいつ本屋がなくなったのか思い出せないが、本は外で買うのがそれぐらい当たり前になった」
オンライン書店で購入することもあるが、直接見た上で本を買いたいと思っており、この日はその場で選んだ小説や雑誌、漫画本など5冊を購入した。「車が運転できる今だけなのかな。年を取ったら、本はだんだんと遠ざかってしまうのかも…」。近くに書店がない不安を漏らす。
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③ 読書離れ
5月下旬、八戸市公会堂で開かれた市民大学講座。講師として、直木賞を受賞した作家石田衣良さんが登壇し、「作家が語る『大人の本の愉しみ』」と題して講演していた。
ユーモアを交えた軽妙なトークを披露していたが、話題が出版業界の現状に変わると、表情は少し険しさを帯びた。人気の映画やドラマを配信する動画の定額制サービスを引き合いに、「小説が与えるインパクトは薄れてしまった」「エンタメの中心は完全に移行してしまった」と厳しい言葉を並べた。
「紙の本はいつか、植木や俳句などのような、一部の人の文化的な趣味になっていくのかもしれない」。市民やファンら約400人は、人気作家が唱える未来を案じながら、静かに聞き入っていた。
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④ ネットの普及
「毎週のように本が届いて、自宅の一角は整理してない段ボールで埋まってしまった」。照れくさそうに話す八戸市の会社員加藤卓哉さん(30)は、オンライン書店の愛用者。「書店に行かなくても欲しい本が発売日に手に入る。本当に便利で楽な時代になった」と笑顔を見せる。
本棚は漫画や小説、図録などで埋め尽くされ、その数は千を超す。社会人となってからはまとめ買いするようになり、書店へはすっかり足が遠のいた。
電子書籍も利用する。“試し読み”気分でチェックし、気に入ったものがあればオンライン書店で紙の本を注文する。「いつの間にかこのサイクルが出来上がっていた。こういう風に利用しているのは、僕だけじゃないんじゃないかな」
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第2部 「変わる現場」
①“聖地”
オレンジ色のウィッグに、上下黒のジャージー。一風変わった格好だが、それが不思議と街に溶け込んでいる。山あいにある人口8千人の軽米町。人気漫画「ハイキュー!!」で町とそっくりな光景が描かれていることがファンの間で話題となったことから、キャラクターのコスプレーヤーも足を運ぶ〝聖地〟となった。
作品に登場してはいないが、注目を集めているのが町唯一の書店、松橋商店だ。ポスターやタペストリーが所狭しと張られ、特設コーナーには漫画やグッズを多数陳列。一日の来店客が数人程度だった店は、国内外からのファンが詰め掛ける拠点の一つとなった。
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②最後のとりで
店先に掲示された新刊本の入荷や、花火の販売を知らせる手書きの張り紙―。うだるような暑さが続いた盆明けの平日、昭和レトロな雰囲気を醸す五戸町内唯一の書店、菊六書店には家族連れが代わる代わる訪れていた。
創業100年超の老舗。店内には、五戸地域の祭りや文化を紹介する写真が貼られるなど、文化発信の拠点として歴史を重ねた趣が随所ににじむ。
買い物客は、選んだ本や花火を手にレジへ。優しく迎える代表の工藤応之さん(56)は、昔から変わらぬ光景に時折目を細め、会計後は深々と頭を下げて見送っていた。
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③きっかけづくり
8月下旬、八戸市の会社員三浦祐一さん(37)は子ども2人を連れて、同市湊高台の成田本店みなと高台店を訪れていた。陳列される本を横目に向かったのは、店奥に設置されたカプセルトイのコーナー。お目当ては人気アニメのグッズだ。
「パパ、お金入れてちょうだい」「ほしいのが当たるまでやりたい」―。子どもたちの表情は真剣そのもの。ついに意中の商品が出てくると、店内に響く声で喜びを爆発させた。
その後、書籍コーナーに戻ると、今度は絵本や図鑑をおねだり。それらも手に入れ、満面の笑みを浮かべて店を後にした。
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④名物書店員(上)
棚にきれいに並べたり、手に取りやすいよう平積みにしたり、本の陳列はその書店の個性と言っても過言ではない。眺めているだけで楽しく、さらに読書欲も一気に駆り立てられ、つい一冊手に取るということもしばしば。来店客を楽しませる店づくりに力を入れているのが、他ならぬ書店員だ。
八戸市の伊吉書院類家店でも、数多くの本を分野ごとに見やすく配置しているが、特に目を引くのが漫画本コーナー。八戸市出身の漫画家、花沢健吾さんをはじめとしたサイン色紙を多数展示するなど、落ち着いた店内でひときわ異彩を放っている。
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⑤名物書店員(下)
「出版不況と言われる時代の作家として、書店員さんには尊敬と感謝の気持ちでいっぱい。応援してくださった方々は私にとっての『輝ける星』です」
昨年4月、都内で開かれた「2023本屋大賞」の受賞作発表会。八戸市の成田本店みなと高台店副店長の櫻井美怜さん(45)は、「汝、星のごとく」(講談社)で大賞を受賞した凪良ゆうさんのスピーチを会場で聞き、涙が止まらないでいた。
自ら面白いと思った本を、徹底して売る棚づくりを展開。作家や出版社から厚い信頼を得るなど、長きにわたって深い結び付きを築いてきた。
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⑥公営書店
本好きによる古本市に、作家のトークショーやサイン会―。八戸市中心街で毎年秋、本をテーマにした一大イベントが開かれている。「本のまち八戸ブックフェス」。文字通りの「本のお祭り」だ。
主催は、全国でも珍しい「公営書店」として2016年12月にオープンした八戸ブックセンター。フェスは2年後にスタートし、さまざまな形で本の魅力を届けている。
特徴的なのが、フェスをはじめとしたさまざまなイベントだ。書店を取り巻く状況は厳しさを増し、店単独での開催が難しい中、多くの人に本に触れてもらえることから、関係者からも好評。これまで交流がなかったライバル店同士を同フェスで引き合わせるなど、各店をつなぐハブとしての機能も発揮する。
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番外編
作家・呉勝浩さんに聞く
人口減少や出版不況などによる書店の減少は、作家にとっても大きな問題といえる。八戸市出身の呉勝浩さん(43)に、書店への思いや作家としての考えを聞いた。
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作家・石田衣良さんに聞く
人口減少や出版不況、インターネットの隆盛などにより、全国各地で閉店が相次ぐ書店。直木賞作家の石田衣良さんは、現状をどう捉えているのか。その思いを聞いた。
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八戸中心街に新たな古書店「ジェロニモ」
八戸市三日町の江口ビル。少し急な階段を3階まで上った先にある、「隠れ家」のような一室に、見る人を圧倒する約1万冊の本が並ぶ。古書店「GERONIMO(ジェロニモ)」。8月にオープンすると、読書好きを中心に話題となり、幅広い世代が足を運ぶ新たなスポットとして注目を集めている。手がけたのは、同市十六日町で本とウイスキーなどのお酒が楽しめるブックバー「AND BOOKS(アンドブックス)」を営む本村春介さん(50)。「きっとすてきな一冊に出合えるはず。多くの人に長く愛される店にしていきたい」とほほ笑む。
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作家に感想文を届けよう
八戸市と青森市に書店を構える成田本店(福田則人社長)は、小説の感想文を読者に代わって作家に届けるユニークなフェアを展開している。参加作家は、青森県の風土や文化をテーマにした小説を多く執筆する髙森美由紀さん(三戸町在住)ら4人で、それぞれの応募者の中から一人ずつに手紙での返事がもらえるうれしい“特典”も用意。作家を身近に感じることができる新たな取り組みとして、来店者からの関心も高まっている。
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