Free【書評】『戦国の北奥羽南部氏』粉飾削ぎ落とし実像に迫る―久保田昌希
北奥羽の中世史研究は、最近の『青森県史』や『新編八戸市史』などの自治体史編纂(へんさん)により大きく前進した。こうした中、本書は熊谷隆次氏、滝尻侑貴氏を中心に気鋭の執筆者によるもので、叙述はいずれも手堅い。本書を手にして、まずそれを感じた。
かつての八戸社会経済史研究会『概説八戸の歴史 上巻2』(1961年)や森嘉兵衛『津軽南部の抗争―南部信直―』(67年)、そして小井田幸哉『八戸根城と南部家文書』(86年)は名著だが、ここに新たな「戦国南部氏論」が加わった。
本書の特徴は、江戸時代の系図や歴史書による記述を極力抑え、数少ない一次文献史料の読み込みと、最新の考古遺物・遺跡分析を基本として歴史像に迫っている。いわば粉飾を削ぎ落とした南部氏の姿である。
構成は根城・三戸南部氏を中心に、1鎌倉・南北朝期の南部氏、2室町幕府下の南部氏~安東氏との抗争と「戦国大名」化、3南部氏「家督」晴政の戦い、4南部信直の決断~豊臣政権の奥羽仕置と九戸一揆、5発掘された南部氏城館、から成る。
甲斐から糠部(ぬかのぶ)に入った南部氏は、南北朝動乱に際し南朝方の主戦力で、室町期には糠部に南部一族たる「『戸(へ)』の領主」による連合支配体制がつくられた。
優勢だった三戸南部氏が、戦国期には所領の拡大とともに家臣団(家中)を形成し、「『戸』の領主」を服属させて戦国大名となった。そして戦国末に信直は豊臣政権の「奥羽仕置」の下で九戸一揆を制圧し、糠部地域の統一を実現したが、関連する聖寿寺館(しょうじゅじたて)、九戸城、根城など南部氏城館の遺構・遺物は、文献史料以上にその歴史を語っている。本書には随所に新知見が示されており、各執筆者の真骨頂を見る思いがする。
北奥羽の戦国史はまさしく混沌としているが、政治史に終始せず、糠部の政治構造・支配体制についても紹介しており注目される。
それにしても、信直が「京儀」(豊臣政権)を嫌った九戸政実と対決し、北奥の「平和」秩序を築いていったことをどう考えるか。両者は糠部に生き、対立・葛藤の末に糠部の歩むべき将来を考え、生き方を選択したのであろう。九戸城から福岡城への変貌とは、その象徴ではないかと本書を読んで思った。
本書には専門的な歴史用語が出てくるが、適宜解説欄が設けられている。また図版も豊富で、年表や参考文献一覧も付され、内容の理解を助けてくれよう。地域の成り立ちを学び考える上で、今後欠かせない一冊である。
(くぼた・まさき=八戸特派大使、駒澤大名誉教授、神奈川県在住)
※『戦国の北奥羽南部氏』はデーリー東北新聞社刊、税込み2640円
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