傷む奥入瀬
~至宝の危機を追う
 十和田八幡平国立公園の奥入瀬渓流で、大きな異変が表面化している。所々で川底に土砂が堆積。流路や川幅が変化し、景観の悪化を招いている。奥入瀬の流れは、主水源である十和田湖からの放流量を調整してつくられており、異変の要因には、人為的な影響との指摘が上がる。「風致維持」を大前提に手厚い環境保全対策が取られ、長く輝きが紡がれてきた奥入瀬で、何が起きているのか。
土砂が堆積した「栃棚」付近。以前は水際のベンチから流れを楽しむことができた=2023年9月撮影(久末正明氏撮影。写真を一部加工しています)
 十和田八幡平国立公園の奥入瀬渓流で、土砂の堆積や流れの変化など、これまで見られなかった大きな異変が表面化している。日本を代表する奥入瀬の魅力は、さまざまな表情を見せる流れの美しさにあるだけに、地元の自然愛好家や観光客の一部からは、渓流の今後を心配する声が上がる。十和田市は2024年度、一帯の保存活用計画の策定に向けて渓流内の土砂堆積状況について調査に乗り出す。だが、渓流を管理する青森県の担当課は現時点で対策が必要とは捉えておらず、今後、異変が収まるかどうかは不透明だ。

 木々のトンネルに包まれる中で、千変万化の流れや滝、多様な植生が楽しめる奥入瀬渓流は、十和田湖から焼山地区までの全長約14キロ。原生の風情を残す渓谷美は国内外に知られる。国立公園の特別保護地区、国の特別名勝、天然記念物に指定され、自然公園法や文化財保護法などによる手厚い環境保全対策が取られている。

 ところが、ここ数年の間、川底に土砂が堆積し、中州や砂地ができたり、岩場が顔を出したりする異変が現れている。清らかな流れがあった場所が「陸地」に変わってしまった所もある。上流域の「巴ケ淵」では、岸辺を中心に土砂がたまり、川幅が減少。水際にベンチが設けられ、流れを楽しむことができた「栃棚」付近は土砂と枯れ葉が積もってしまった。

 水の量と勢いが減ったことで岩肌が現れた場所も。本来は踏み入れられない場所に観光客らが岩を伝って入り込む問題にもつながっている。遊歩道を歩いてみると、変化は一目瞭然だ。

 40年以上現地で暮らし、独自の調査を続ける自然保護団体「八甲田・十和田を愛する会」の久末正明代表によると、こうした異変はここ数年の調査で少なくとも12地点で判明した。全ての流域で、景観や生態系への影響が懸念される糸状藻の増殖も確認された。

 同じ場所で撮影した過去の写真と比較すると、明らかな変わりようだ。中には渓流を訪れた人が写真を撮影したり、休憩したりする代表的なスポットも含まれている。変化した水流が岸を削ることでの倒木の危険性も高めている。

清らかな流れが多くの人を引きつける奥入瀬。その所々に異変が生じている=4月下旬、十和田市

水量減少、背景に何が

 奥入瀬渓流では、十和田湖畔子ノ口にある制水門で季節や時間ごとに湖からの放流量を調整する河川管理システムを採用している。「観光放流」と呼ばれる仕組みで、観光客らを魅了する流れは、人工的なものではある。

 ただ、「風致維持」を目的に1930年代から数十年間、毎秒5・56立方メートルと規則で定められていた4月下旬~11月上旬の観光シーズンの日中放流量は、2008年に同5・20立方メートルに抑えられた。

 冬期を含めた通年観光へのニーズの高まりなどを受け、青森県が主催する「十和田湖・奥入瀬川の水環境・水利用検討委員会」の審議を経て決定。

 議事録によると、会議では地元の委員から「『何だ、奥入瀬渓流ってこの程度か』という印象を一旦(いったん)持たれてしまうと、これはちょっと取り返しがつかないことになりかねない」と反対意見が上がったが、最終的に、年間の放流量を維持しながら期間を延長する措置として、県の原案のまま実施に移された。

 近年、奥入瀬に現れるさまざまな異変。八甲田・十和田を愛する会の久末正明代表は、湖から渓流に流す水量の減少と明らかな因果関係があると指摘。放流量の減少で土砂が押し流されにくくなり、徐々に影響が広がっている―との見解を示す。放流量の調整という人為的要因が大きいとの考え方だ。

 観光関係者には「22年8月の大雨により、渓流内に土砂や草木が流れ込んだ影響」との見方もある。だが、大雨と洪水を繰り返しつつも流れが維持されてきた奥入瀬の長い歴史の中で見れば、その見方だけでは説明し切れない状況だ。

 十和田市と弘前大は本年度、連携協定に基づき、奥入瀬渓流の遊歩道周辺の踏み荒らしや、観光放流による渓流内での土砂堆積状況について調査を実施し、将来的に十和田湖と奥入瀬渓流に関する保存活用計画を策定するという。「策定に向けて課題を洗い出す」としている。

 このため、県文化財保護課は「今後の対応をどうするかは、市の新たな計画に基づき検討していくものと考える」と、当面、推移を見守る姿勢を示す。

 一方、河川管理を担当する県河川砂防課は日中放流量の減少と土砂堆積などの因果関係について「一概にあるとは言えない」と強調。「定期的に現地を確認しており、現時点で対策が必要とは考えていない」との立場を変えていない。